祭服の色は決まっているのですか?

典礼暦に従ったその日の典礼の内容によって、白色、赤色、緑色、紫色の4色を使い分けます。
そのほかに黒色とばら色も用いることができますが、実際にはあまり見かけません。


それぞれの「色」の意味と使われる時をまとめると次のようになります。

白:
純潔の色。
復活節や降誕節、主の祭日など、喜びが表される典礼において用いられる。

赤:
血の色として、受難の主日や聖金曜日、殉教者の祝日・記念日などに用いられる。
また、灼熱と愛の色として、聖霊降臨の主日や使徒、福音記者の祝日に用いられる。

緑:
いわゆる「中間色」として、インノケンティウス3世が決定した。
固有な特質を備えた「季節」以外の期間である「年間」に用いられる。

紫:
悔悛・大斎・苦行の色。
あまり陽気さを感じさせず、かといって暗すぎもせず・・・・・・という意味で採用されたもの。
待降節や四旬節などに用いられる。

『ローマ・ミサ典礼書の総則』では上の4色に黒色とばら色の六色をあげています(第308項参照)。
しかし一般的には上記の4色がもっぱら用いられているようです。

ちなみに白・赤・緑・紫・黒の五色を「典礼色」として定めたのは、教皇インノケンティウス3世(在位1198-1216年)です。
現在でもこの決定に従っていますが、死者のためのミサに用いられる色だけは、黒色から白色に変わってきています。
これは死者のためのミサが、死と悲しみだけを強調するのではなく、むしろ神の永遠の生命にあずかるよろこびをあらわすことに重点がおかれるようになったからでしょう(カトリック儀式書『葬儀』緒言6参照)。

このように祭服の色は、単に決められた色というだけではなく、その典礼を表現する一つの印として受け止める必要があると思います。
その色を用いることによって、あるいはその色をとおして、参加者がその日の典礼では何を想起し、何を祈るべきかをどれだけ感じ取っているかがたいせつなのではないでしょうか。

(資料)

「ローマ・ミサ典礼書の総則」(『ミサ典礼書の総則と典礼暦年の一般原則』カトリック中央協議会)
307
祭服の色の多様性は、祝われる信仰の神秘の特徴や、典礼暦年の流れにおいて進展していくキリスト教生活の意味を、外面的にも効果的表すことを目的としている。

308
祭服の色に関しては、伝統的な使い方を守るものとする。すなわち、
  1. 白色は、復活節と降誕節の「教会の祈り」とミサにおいて用いられる。
    さらに、受難の日以外の主の祝日と祭日、聖母マリア、天使、殉教者でない聖人の祝祭日と記念日、諸聖人(11月1日)、洗礼者聖ヨハネの誕生(6月24日)、聖ヨハネ使徒福音記者(12月27日)、聖ペトロの使徒座(2月22日)、聖パウロの回心(1月25日)に用いられる。
  2. 赤色は、受難の主日と聖金曜日、聖霊降臨の主日、主の受難の諸祝日、使徒および福音記者の帰天の日、そして殉教者の諸祝日に用いられる。
  3. 緑色は、年間の「教会の祈り」とミサに用いられる。
  4. 紫色は、待降節と四旬節に用いられる。
    なお、死者のための「教会の祈り」とミサにも用いることができる。
  5. 黒色は、死者のためのミサに用いることができる。
  6. ばら色は、待降節第三主日および四旬節第四主日に用いることができる。
    しかし、司教協議会は、国民の必要と性質に適合するように、適応を規定して使徒座に提案することができる。

309
盛大に祝われる日には、その日の色ではなくても、より高貴な祭服を用いることができる。

310
他の儀式を伴うミサは固有の色、または白、あるいは祝祭にふさわしい色で行う。
種々の機会のミサはその日の色、または季節固有の色、回心を表す場合には紫色を用いる(たとえば、種々の機会のミサの23、28、40)。
信心ミサは、そのミサに適当な色、もしくは、その日またはその季節固有の色をもって行う。

カトリック儀式書『葬儀』(カトリック中央協議会)
祭服の色は、教会の葬儀が「キリスト信者の死の過越の性格をより明らかに表現する」(『典礼憲章』81)ものであるとすれば、白を使うことがもっともふさわしい。
事情によっては、紫あるいは黒を用いることもできる。(緒言、11ページ)

ドム・ヒルデブランド・ヤイゼル『カトリック典礼入門』(中央出版社)
「初期教会には一定の典礼色というものはまだ存在せず、始めは聖書に関連して(黙示録3:4、3:18、6:12参照)、聖祭には好んで白色が用いられた。
しかし次第に一定の時と目的のために一定の色を用いるようになった。
一年のうちある一日を特に他の日よりとり立ててこれを区別し、その日に悲しみのしるしとして黒服を着けた。
それはキリストの死去の日であった。
しかしなお、色の選択にあたっては各司教は自由であったので、この点かなり所によって相違があった。
しかし次第に聖会は典礼色を確定して、現在のような五色と決められるようになった。」
(59-60ページ)